アジアの母と子をささえる国際保健医療支援団体

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PHJの歴史

はたちを迎えて (理事長 小田晉吾)

「すべての人に健康と希望を」を活動理念とし、自立しようとする東南アジアの人々が健康に暮らせるように、「保健・医療環境の向上」に 向けて教育を中心とした自立支援活動をそのミッションとして事業を開始した私たちPHJは2017年1月に20周年を迎えました。
任意団体プロジェクトHOPEジャパンとして1997年に活動をスタートさせて以来、主として途上国の農村地域での母子保健改善活動に取り組んでまいりましたが、日本においても2011年の東日本大震災を契機に被災した医療機関への復旧・復興支援を新たなミッションとして取り組みを開始し、皆様からご支援をいただきながら今日に至っております。
はたちを迎え、これからのPHJのオペレーションをより強固で持続性のあるものにするために、社会貢献活動に関連する様々な変革要素を考慮に入れながら、取り組んでまいります。スタッフ一同心を一つにして日々の活動に地道に取り組み、支援者、そして支援を受ける皆様の期待に沿えるよう努力してまいる所存です。

沿革

その年のトピックス
1958 ウォルシュ博士が、医療支援団体として「Project HOPE」をスタート
最初の病院船S.S.HOPEを完成
1997 Project HOPEの日本支部としてプロジェクトHOPEジャパン設立
1998 タイ事務所を開設
1999 経済企画庁(当時)のNPO法人の認証を取得
インドネシア事務所を開設
2001 認定NPO法人の第1号を取得
2003 カンボジア事務所を開設
2006 「ピープルズ・ホープ・ジャパン」に組織名変更
2011 東日本大震災 緊急・復興支援開始
2015 ミャンマー事務所を開設
2016 タイ事業・インドネシア事業を現地へ移管・事務所閉鎖